風と氷のパタゴニア

風と氷のパタゴニア

2006年1月、稀にみる豪宵の日本から盛夏の南米大陸・チリ、アルゼンチンに跨るパタゴニアへ飛んだ。

アメリカのダラスを経由し、赤道を越えてチリの首都・サンティアゴまで約25時間。更に乗り継いで南米大陸の南端、マゼラン海峡に面するプンターアレナスヘ着いた頃には、逆転する季節と12時間の時差が長旅の疲れを増幅してクラクラしていた。

パタゴニアは、かねてから行ってみたい所たった。写真で見た山々の奇怪な岩塔やエメラルド色の氷河湖に迫りだす氷河を、この目で見るのだとの想いが募っていた。

チリ到着の翌日、早速わくわくするシーンが出迎えてくれた。マゼラン海峡沿岸の波打ち際に南極から渡ってきた何百というペンギンたちが営巣し、ひしめいていた。パタゴニアでの撮影は、まず有名なパイネ山群から始めた。エメラルド色のペオエ湖を前景に、氷河が削り作った岩の芸術は、朝夕の光を浴びてドラマチックな光景を演出してくれた。

片道15kmの山道を機材を担ぎ、辿り着いたグレイ氷河の末端では、氷河から吹き出す猛烈な風と対面した。体ごと飛ばされそうで、三脚は用をなさなかった。砂や氷の粒が入り混じる強風に向かい、岩にしがみついて大声を張り上げながらシャッターを切った。そうでもしないとこの強風には太刀打ちできなかった。

ロス・グラシアレス国立公園にあるペリトモレノ氷河は、ヨーロッパアルプスでもヒマラヤでも見たことのない圧倒的な質量を持った大氷河だった。眼前の70mの氷河末端壁が、時折、轟音を立てて崩落する様に、計り知れない地球のエネルギーとリズムを垣間見た。

今回の撮影行を締め括ってくれたのは、エルーチャルテン(煙を吐く山)と先住民が呼んだ標高3405mのフィッツ・ロイ山群だった。麓の村に泊まり、朝4時半に宿を出て、30分かけて山群を見晴らせる丘に登って朝焼けを待った。二日目の夜半、降るような星空に半月が輝き、フィッツーロイ山群が月光に浮かび出ていた。「今日は撮れる!」期待感が足を急がせた。月が山頂に近づいてきていた。

余談だが、南半球では、太陽も月も北半球とは逆に右から左へと移動する。

月下の山群を撮りつつ、スタンバイしていると、いつしか空か明るくなってきた。山群の頭上高くに大きなレンズ雲があった。この雲が赤く染まったら凄いだろうなと思っていたら、本当に真紅に染まってしまった。夢見心地でシャッターを切っていると、ふと背後に異様な気配を感じた。振り向くと、東の大空が燃えているではないか。「ウワーツ」また、叫び声を上げてしまった。

大空を染めた太陽が、今度は花尚岩の岩峰群を見事な朱色に染め上げた。なかなか姿を見せないと言われるセーロートーレまでも、これ以上ないだろうと思われる美しい朝焼けに燃えていた。撮影機材をザックに仕舞い、興奮を噛み締めながら山道を降りた。

突然、何かが僕の心の中に込み上げてきて、涙が出そうになった。それは、素晴らしい光景に立ち会えた喜びと感謝に交じり、自分だけでなく、もっと多くの愛しき人たちに見せたいという切なる思いだった。

初めてのパタゴニアは、僕には何もかも強烈に感じられた。そして、パタゴニアを吹き渡る風は僕の体をジャリジヤリと砂だらけにしたが、心の中まで吹き抜けてくれたお陰で、かなりクリアになった。自然は人を変える。


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