夕映えのアマダブラム

夕映えのアマダブラム

富士山頂とほぼ同じ高さに建つシャンボチェのパノラマホテルの周囲は、深い谷から湧き上がる濃密なガスに包まれていた。

晴れていればヒマラヤの峰々が夕日に赤く染まる時刻が近づいてはいたが、外は視界ゼロ。ホテルの食堂に座り、諦め気分でチャイ(ミルクティー)を飲んでいた時だった。

ちらちらと気にしながら覗いていた窓の外に、一瞬、白い光が見えた。空の一角に小さな穴が開き、そこから白く輝く山稜がほんの少し見えているではないか。機材を掴み、慌ててホテルのすぐ裏にある展望のよい丘に走った。

この標高ではさすがに酸素が薄く、はぁはぁぜぇぜぇ、心拍数が一気に上がってしまう。焦りながらも素早くカメラをセットしてシヤッターを切り始めた。

大空の穴はみるみるうちに右へ移動し、その中に夕日を浴びたタムセルク(6623m)の見事な双耳峰が顔を出した。オレンジに染まった山肌にヒマラヤ壁の陰影が鮮やかで、それは信じ難いほどの壮絶な美しさだった。夢中で撮り続けていたのは、2~3分のことであったと思う、雲が動き、再びピークがガスの中に消えていった。

日の入りとともに谷を埋めていたガスが除々に消え、クーンブヒマラヤの山々たちが姿を見せ始めた。つい先ほど夕焼けのドラマを見せてくれたタムセルクは白く冴え冴えとした表情に変わり、右肩上方にはいつのまにか月が昇っていた。その左手にエベレストの前衛峰として名高いアマダプラム(6812m)があった。そして、さらに左、谷の一番奥にエベレスト(8848m)が幸運にも姿を見せた。

刻一刻、暮れていく空に星が輝き始め、山々の輪郭が見極めにくくなってきていた。急いでアマダプラムを狙う。望遠を付け、ファインダーを覗き、目を凝らすのだが、もうピントが確認できない明るさだった。この時、5枚ほどシヤッターを切ったうち、作品になったのは2枚たった。

帰国後、現像を見てびっくりしたのだが、撮影時には感じられなかった美しいピンク色の夕映えが写っていた。

殊に、バックの雲の存在が見事にアマダプラムを引き立ててくれている。エベレストも同じように撮影したのだが、絵になったのはこの写真だった。この夜、エベレスト山群は、満天の星空に埋もれた。

明け方5時、ホテルを抜け出して裏の丘に立った。宇宙の真っ只中にいるかのような星空が360度の頭上に広がっていた。

若干、ブルー昧を帯びた明け方の空に、山々がそれぞれのシルエットを黒く描いている。エベレストの上に大きな大熊座が輝き、反対の西の山稜にオリオンが沈まんとしていた。アマダプラムの右横を流星が。一つ、掠めて飛んだ。やがて、タムセルクの右肩に金星が昇り、エベレストの頂が朝日に赤く染められた。僕は、夕方から翌朝までのこのドラマに心の中で歓声を挙げ、時には、感動の溜め息をつきながら撮り続けた。そして、自分に「これは夢ではない。現実だ」と何度も念を押した。

それほどに目の前の光景は夢のように美しく、不思議で、そしてダイナミックだった。かってインド大陸がユーラシア大陸に衝突し、8000mまで押し上げられたヒマラヤの大地は、氷河の浸食で今の形とないた。そして、今なお、降起し続けているという。その途方もない地球のパワーとメカニズムに、僕はただ圧倒されるばかりだ。


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