一瞬のコントラスト

今も我家から乗鞍岳（標高3026m）がよく見えている、松本巾から眺める乗鞍は、優美なゆったりとした稜線を左右に広げ、とても芙しい。特に冬、澄んだ青空に立つ、真白な雪をまとった乗鞍の姿は、キリリと引き締まり、気品に満ちている。

僕は、乗鞍がたまらなく好きだ。なぜ、という理由を挙げればきりがないと思うが、そんな理由などどうでもよい。とにかく、好きだ。子供の頃から今日まで、数えきれないほど乗鞍へ通ってきた。山頂直下の大雪渓でスキーをし、頂上からも度々、滑り降りた。スキーや山の雑誌の仕事も乗鞍を舞台にやらせてもらった。冬の乗鞍にテントを張って撮影した時は大雪に遭い、命懸けで山を下った。

第一冊目の写真集「太陽の背なか」のメインフォトは、美ヶ原から撮った真紅な夕焼け空に立つシルエットの乗鞍たった。第二冊目の写真集「水の回廊」で、最も作品の多かっだのが乗鞍たった。現在、写真教室で最も頻繁に通っているのが乗鞍だ。以上、箇条書きに、僕と乗鞍の関わりを書いてみた。やはり、乗鞍とは相当な因縁があるのだ。

忘れ難き数々のシーンとの出会いの中で「一瞬のコントラスト」を撮影したときのことは、この写真と同じように鮮明に思い出すことができる。標高2400mを越える位ヶ原で、紅葉風景を狙っていた。目の前には、溶岩が形作った乗鞍岳山腹の緩やかな起伏がハイマツの深いグリーンに覆われて、右下がりに下がっていた。

日没間近の太陽は、すでに左手の山陵に隠れ、僕の立つ撮影位置もいつのまにか延びてきた山影のなかに入って周囲の空気も急にヒンヤリとしてしまった。この辺のハイマツは、見心な樹海を形成していて、それを縁取るように朱に色付いたウラジロナナカマドと政鮮やかなダケカンバがクッキリとした色彩の対照を見せていた。

刻一刻。彫はその黒い直線的ラインを延ばし、夕日特有の赤みを帯びた光線は、まるでスポットライトを照射するかのように色彩を浮かび上がらせた。光と彫と色彩のコントラストがピーんと張り詰めた。瞬、「今だ！」とシヤッターを押した。それはまさしく、太陽と東鞍が共演して見せてくれた。瞬のアートだった。

乗鞍のことは、あまりにも身近すぎるせいか、これまで改まって振り返ることもなかった。、言い尽くせぬほどの思い出と自分にとってかけがえのない様々な体験を積ませてもらってきたことに、今、気が付き、感謝の念がふつふつと湧いてくる、どうして今までそれに気が付かなかったのだろう。一方的で、やりたい放題な僕を、乗鞍は、いつでも何も言わず無条件で受け入れてくれてきたのだ。それはあたかも、乗鞍という大きな親の深い懐に包まれて、僕という未熟な子供が養ってもらってきたようなものではないだろうか。

乗鞍は、僕に自然の美しさやかけがえのなさ、そして厳しさや恐ろしさも教えてくれた。自然が不可思議に満ち、通り一遍では解るようなものでは決してないことを教えてくれた。僕にとって乗鞍は地球そのもので｀あり、また、地球のことを教えてくれる親でも、先生でもあるのだ。これからも僕は、乗鞍へ通い続けるだろう。そして、もっともっと乗鞍から母なる星・地球の教えを乞うだろう。乗鞍がやっぱり好きだ。遥か山上の清澄なる火口湖に、満天の星空がキラキラ映ずる様を想う時、人知れない乗鞍のまだ見ぬ素顔にドキドキするから。